10年目以降

10年目以降

人一倍やる気があって、積極的な一人の社員に大きな仕事を任せた。
彼を中心に新しいソフトを開発し複数の会社から注文をいただいた。
彼の下に何人かを付けプロジェクトチームで対応した。
新しい技術を使ってやるので、心配ではあったが「大丈夫です」の言葉を信じ任せた。
途中も何度も気になって、どうだ?問題はないか?と何度となくチェックしていたが返事は「大丈夫です、任せてください!」

しかし、納期が近づくにつれて「やばい!」これでは納められない!しかも時間はない!
という事態になってしまった。
彼はなかなかギブアップしないが、冷静に見て納められる状態ではないと判断した。

そして誠心誠意お客様に事実を説明し解決策をお互いに探す。
甘えたような対応策に見えるが、このときは精一杯、全身全霊で問題解決に臨んだつもりだ。

しかしソフト開発の仕事は長い月日、人件費をかけて開発をしている。
そして納入後お客様からお金をいただく。
着手金も中間金もない。すべて自前の金で開発にかけてきた。

そして当面(一年近い)の運転資金を用意するには銀行の融資に頼らざるを得ない
ありったけの財産(自宅から、親の保証から何から何まで)を担保に差出し
億円を超える融資を受けた

しかしその金はもうない。
一年間近く経費をかけて開発してきたので底をついてきた。
そこに納入ができないという事実が発覚。

背筋が凍る思いとでも言うか
大きな恐怖が襲ってきたが
このことの責任はすべて社長である自分にある。
すべては俺が認めてきたことばかりだ。
だからすべては自分で解決しなければならない。

お客様に「もう少し時間を(約10ヶ月)下さい。
そしてもう一度作り直しをさせてください」と訴え理解を求めた。
お客様にとっては寝耳に水の話で
「冗談じゃない!!、このシステム導入にあわせて組織を変える予定だ!
 そんな簡単に言ってもらっては困る!!」

お客様の言われることは当たり前のことだし
すべて真摯に受け止めながらも
何とか事実を話し解決策を提示し
精一杯理解を求め、誠心誠意お願いにあがった。

同時に今後さらにかかるであろう金銭的な確保と
開発に必要なヒト・モノ・カネを、当時取り引きのあった
大きな組織を持つ会社に求めながら並行してお客様との交渉を進めていった。
どれ一つが欠けても成り立たない、正に崖っぷちの交渉が毎日続いた。

最悪の場合はお客様より契約不履行で損害賠償で訴えられることだ。
そうなったら万事休す。すべては終わりだ。
銀行からの借り入れを含み億を超える負債はどうやっても返済できない。
弁護士とも相談しながら最悪の事態を睨みながら
継続取り引きの道の交渉も進めていく。

この時自分に言い聞かせたことは「何があっても決して逃げない」

お客様からも、銀行からも、そして不安そうに様子を見ている社員に対しても
絶対に逃げずに、真正面から誠意をもって対応すると決めた。

一方で時間は刻々と迫り、どっちに転んでもおかしくない日々が続いていたが
ある日、お客様の役員から「あなたの提案を受け入れます。誠意をもって対応してください」

同時に信じられないことですが、そのお客様が「会社の資金繰りは大丈夫か?決して楽な状況ではないだろう・・・着手金を払っても良い!」と持ちだして下さった。

今までのあなたの対応を見て、信じてお任せすることにした。

自分では、この信じられない決着に驚いたというか、感謝してもしきれない有難さで一杯でした。

同時に今後の対応して下さる予定の会社からの同意も取り付けることが出来
正に九死に一生を得ることが出来ました。

この時、実は池袋のサンシャインホテルのロビーで双方からの回答を受けるため朝から詰めていたのですが、決着が付いた時のことは忘れもしません。

公衆電話に向かって何度も頭を下げていたことを覚えています。
そして、手許にあったノートに
「今日のこの感謝の気持ちを一生忘れるな!」書き込んだことを覚えています。

この時に学んだことは大きい
1.理解をしてくださったお客様に大感謝、感謝しても感謝しきれない。
  本当に本当に有難かった。
  この時のお客様のご理解がなければ今の私はありません。
2.二度目の納入にヒト・モノ・カネで支援をしていただいたN社の代表Yさんにも感謝の気持ちでいっぱいです。
  Yさんのお力添えがなければ今日の私はありません。
3.どんなにピンチになってもついてきてくれた社員に感謝!
  お礼の言いようがありません。

しかし、自分として失ったものは余りにも大きかった。
10何年間近くこつこつと積み上げてきた会社は
一瞬の出来事で、もろくも崩れ落ちてしまう。
100%自分のものだった株式をすべて譲渡し、社長と言う立場は変わらないが、会社は自分のものではなくなった。
この事の持つ意味がどれだけ大きいか、のちのちじわじわと分かってきた。

また家族にも親兄弟にも大きな痛みを残した。
最悪の時にはどれだけ大きな犠牲を払わなければならないか。
代表取締役という名の保証がどれだけ大きなものか。
妻にも子供にも大きく押しかかり、すべてを一瞬にして失うことがまざまざと身に迫り、辛い思いをさせてしまった。
申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

結果はお客様、協力者のご理解をいただくことができ
心配していた最悪の事態には至らず、いい形で収まることができた。
これも一重にご支援していただいただいた多くの方のおかげです。

とにかく、長い間コツコツと積み上げてきた信用も
一瞬の過ちで崩れ落ちてしまうことを身をもって体験した。
言葉では表すことのできない、非常に非常に貴重な経験だったと思っている。


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